【-第31回-日ペンを復活させたい(前編)】


おまっとさんです。チャパリータです。


 今回は日ペンと単板の素晴らしさについて語ります。予告しておきますが、前・後編に分けます。とても1回で納まるものではありません!


 ご存知「日本式ペンホルダー」といえば、戦後の黎明期から日本卓球界を支えてきた伝家の宝刀たる存在。世界チャンピオンとなった日本人選手の多くがこのラケットを使用してきました。


 全日本選手権に関しては偉関さん、吉田選手という偉大なペンホルダーの選手が記憶に新しいですが、「日ペン・単板」づかいの選手が王座についたのは92年の斎藤清選手が最後となっております。それ故、全盛期をとうに過ぎてなお全日本にこだわって白球を追い続けた斎藤選手の姿に、「日ペンの歴史と行く末」を重ねていたり…。私にとって2010年はペンホルダー時代の本当の意味での終焉を告げる年でもありました。


 しかし時を経たいま、その存在感は色あせたか? 否! 2017年現在、日ペンに対する憧憬の眼差しは日ごと増すばかりです。その理由は単なる“希少種”という範疇を超えているように思えます。


 理屈で考えれば、片面のペンホルダーが減っている原因を挙げるのは簡単です。最大の武器であったフォアハンドは「ボールサイズ・材質の変更」や「グルー禁止」など度重なるルール改正で鳴りを潜め、その反面ラリーが続き簡単に抜けなくなったことで、先手を制す試合運び=卓球の高速化が進んでいます。結果としてチキータをはじめとする台上技術やバックハンド技術の進化が重要視され、バックハンドにウィークポイントを抱える片面の日本式ペンホルダーは時代に取り残される格好となったのです。


“大事なのは足。決めるのはフォア”


 日本が覇権を欲しいままに卓球王朝を誇った時代ーーリアルタイムを知る年配の指導者が未だに抱く幻影です。彼らはあの時代の卓球を再現すれば、今でも世界を制することができると信じているのでしょう。そして、日本は長らくこの呪縛に縛られてきたように思えるのです。マリオ・アミズィッチ氏の残した“伝統が強すぎる”という言葉が示す、ひとつの真実だと私は解釈しています。早い話、時代錯誤も甚だしい戦型なのです。


 しかし、日ペンには華があります。たとえ前述の重すぎるアドバンテージを背負っているとしても。とりわけ単板には言葉では語り尽せないほどのロマンに溢れています。限りなく自然の産物ともいえるラケットで逆境に立ち向かう姿…。理を追求した結果の「シェーク全盛時代」なればこそ、日ペンは温故知新ともいうべき魅力を放つのでしょう。


 と、日ペンの魅力をひとしきり改めて語ってみました。次号後半では戦型としての不遇っぷりとは別の問題を取り上げます。テーマは「良質なヒノキ素材の減少に伴う日ペン人口の低下を防ぐために」。いつになくペンが走ってます(笑)。
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ここだけの話、彼にも華を感じているチャパリータです。


現役最晩年の頃は“死んだ魚の目”でプレーをしていた彼。
しかし、“腐っても鯛”であった。うん、決して良い表現ではない。すまんXia。