【-第54回-例えるなら機械式フィルムカメラのような何か】


 チャパリータです。私事ではございますが、このたび引っ越しをすることになりました。ついては家具や家電をすべて新調する事態に直面し、潤沢ではない資金を元にあれやこれやと物色する日々です。楽しくも煩わしい取捨選択を続けるうちに「お金がないからこそ、絶対的に価値のある物、価値が損なわれない物だけを買いたい!」という真理に辿り着きました。


 さまざまな価格帯のお店を巡った末に再認識したのが、激安の家具家電やファストファッションの席巻ぶり。大量生産大量消費社会の現代にあって、それほどお金をかけずとも何不自由なく生活できると実感しました。しかしそれらの商品について抱く疑問もあります。使用と共に廃れていく存在、最終的に無価値になることが保証されている物を選ぶ抵抗感。使い捨てと割り切って選ぶならまだしも、長く使うことを想定した上で選んでよいのかという逡巡…。


 そしてさらに気付いた自分の本音は「壊れるたびに買い替えたり、流行り廃りを追いかけたり気にするのってメンドクサイ!」です。それであれば、壊れないもの、流行に左右されない物を選びたいし、たとえ壊れたとしても迷わず直したいと思うほどに愛着が持てる価値を保った物が欲しい。要するに、良い物に接し、かつお金を使わず生きていく上で消去法ではあれ自分なりに導き出した最適解なのです。


 実はこの考え、ずっと以前から卓球のラケットに対して感じていました。最新の特殊素材を用い、グリップの木材には色鮮やかな着色を施し、随所にプリントが散りばめられた工場生産のラケット。さながら最新のデジタル家電とでも評しましょう。今まさにこの瞬間、多くのユーザーから熱視線を集め、最前線で輝きを放つ存在です。しかしそれは時が過ぎゆくにつれ、絶対的に価値が損なわれていく宿命から避けられません。“最新型”とは、良くも悪くも技術の進歩によってその座を退き、いつしか「過渡期の遺物」となります。


 もちろんそれらを否定するつもりは一切ありません。家電業界市場を支え牽引するのが常に最新モデルであるように、卓球のラケットもまた然り。ただ趣味趣向で語るのならば、自分が所持したりプロデュースする場合、そういった時間軸とは異なる道を歩むモノとしたいのです。例えるなら、機械式のフィルムカメラ。光学式の機構を介して直接被写体を目視できるその構造と、シャッター幕を開けて直接フィルムに光を投影する一連の仕組みは“真に不変的な物”所以であり、電子部品とは無縁で半永久的に修理可能という不変の価値。この先、価値が上がりこそすれ下がることはないでしょう。目指すべきは「古さが価値となる」資質を持つ物。そういった製品を選び、創り出していきたいのです。
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不変の価値を持つ物は高くても迷わず買うべし。なぜなら不要になっても同じ価値はたまた購入時より高く売却できるから。これって「消費」と「投資」の違いかもしれませんね。